住友化学愛媛工場の歩みを訪ねて
新居浜市の臨海部には、住友化学、住友鉱山、住友重機といった日本を代表する企業の工場が立ち並んでいます。これらの工場は、いずれも別子銅山の事業を系譜とし、発展をしたものです。住友化学は、長年住友のアキレス腱でなっていた銅鉱石の製錬により発生する亜硫酸ガスを中和し、硫酸を回収するという技術革新を果たし、大正2年(1913年)に過燐酸石灰の製造を直営肥料事業として開始し、大正14年に㈱住友肥料製造所として独立、昭和9年に住友化学工業㈱に社名変更し、現在、総合化学工業を事業とする世界に冠たる企業として発展しています。住友化学歴史資料館は、こうした住友化学の礎である愛媛工場の歩みを展示する資料館です。
※建物内部の一般公開は行っておりません。(工場敷地外からの外観見学は可)
◆観光一口メモ
・建物は、明治34年に建てられ、昭和33年まで使用されていた住友銀行新居浜支店です。(登録有形文化財)
・明治23年、別子開坑200年を記念して建立された「總開之記」碑は資料館の敷地にあります。

展示室
2階建ての館内には、時代とともに歩んできた住友化学愛媛工場の歴史を6つのセクションに分けて、その資料を展示、解説しています。
◆第一セクション
住友化学の発足(第1次世界大戦から会社の独立へ)
◆第二セクション
近代化学工業への道(世界不況の中で)
◆第三セクション
総合化への道(満州事変から第二次世界大戦へ)
◆第四セクション
戦後の復興から自立へ(闇市から自立へ)
◆第五セクション
石油化学の時代へ(テレビと所得倍増の時代へ)
◆第六セクション
高度成長期とその終結そして変革の時代へ
(万博とトイレットペーパー騒動の時代)

少し足をのばして~周辺に残る別子銅山の産業遺産
◆惣開町周辺
明治21年から洋式製錬所の操業を開始。明治26年別子鉱山鉄道の開通に伴い物資輸送の窓口となり、明治32年には、鉱業所本部が旧別子から移転しました。洋風建築の銀行や病院が建設され、名実ともに鉱山の本拠地となった所です。
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◆星越町周辺
大正14年、星越山に選鉱場が設けられ、鉱山鉄道の星越駅を設置。鉱石は、星越まで鉄道で運ばれるようになり、東平選鉱場はここに移転された。昭和初期、惣開から病院、小学校を移転し、昭和12年には住友倶楽部、泉寿亭(マイントピア別子へ移築)が建設されたところです。
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所在地 〒792-0001 新居浜市惣開町5-1
駐車場 駐車場はありません。
最寄のバス停 住友病院前から徒歩約15分
TEL 0897-37-1711 (住友化学㈱愛媛工場)
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