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第2回特別研修「別子銅山~世界的規模の産業遺産」 【開催結果】

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ページID:0005445 更新日:2008年1月31日更新 印刷用ページを表示する
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「別子銅山」に関する 職員研修報告

新居浜市の係長以下の若手職員(及び希望者)に対して、新居浜の町を300年にわたり支えてきた「別子銅山」について学ぶことにより、「別子銅山」で培われてきた精神と実績をこれからのまちづくりに活かしていくことをねらいとして開講いたしました。

第2回 特別研修
「別子銅山~世界的規模の産業遺産」

講師:広瀬歴史記念館名誉館長 末岡 照啓
日時:平成16年6月13日
   14時~15時30分
場所:消防庁舎4階コミュニティー・センター
受講者:115名
「別子銅山」に関する 職員研修報告の様子
昨日は「旧別子」、この日は早朝から「四阪島」と大変忙しい中、講師を引き受けていただいた。冒頭で、「かねがね「別子銅山」は「世界的規模の遺産」であると言ってきたが、職員の皆さんは、はっきり「世界遺産」をめざすと言ってください。」と語られた。「世界遺産」とするその根拠として、次の4つの点をあげられた。

  1. 江戸時代の長崎貿易を支えた銅山であり、シーボルトの日記に登場するなど世界的に知られていた。
  2. 近代化の遺構が海抜1300mの別子山から新居浜まで複層的に残っていること。また、設計書や資料・写真などが豊富に残り、遺構と比較することにより、100年以上の時間を経ても近代化の具体的発展過程がよみとれる。
  3. 世界で初めて公害問題に取り組み、克服した町である。四阪島製錬所や旧別子の植林事業など環境問題を先取りした。
  4. 鉄道・道路・港湾・社宅・病院といった社会資本のインフラが残っており、産業革命による都市の発展過程を見ることができる。

「別子銅山」の産業遺産は、新居浜市にとって誇りであり、新居浜市職員は自信をもって行政に携わって欲しいと語られた。
別子銅山目論見書の写真
末岡先生が、今回初の全訳事業をなされたラロックによる「別子銅山目論見書」。明治8年(1875年)本文全23章と付録14冊からなる。<住友史料館所蔵>
「別子銅山」に関する 職員研修報告の様子その2


第2回の感想