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1 次の「別子銅山」にゆかりがある人物について知っていますか

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ページID:0005374 更新日:2008年1月31日更新 印刷用ページを表示する
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「別子銅山」ゆかりの人物

【アンケート結果分析】

平成16年3月に報告された、民間のまちおこし団体である「新居浜まちおこし委員会(会長 西原洋昂氏)」がスーパーや市役所などで不特定多数の市民に対してアンケート調査をおこなった結果と比較してみると、「広瀬宰平」については平成15年3月の銅像復元、そして同じく5月には旧広瀬邸が国の重要文化財に指定されるなか、90パーセントを超える高い認識を示したのは、当然の結果か。
 「伊庭貞剛」については、「新居浜健康文化友の会」による市民ミュージカルや没後75年感謝記念の句碑設置など、その業績が評価されてきたが、平成15年8月に行われた「新居浜まちおこし委員会」による「三翁展」を見た市職員も多かったのではないかと思われる。
 「鷲尾勘解治」については、市民・市職員とも全くの同率であった。現在に至る新居浜市の都市計画において、鷲尾の唱えた「新居浜後栄策」が果たした役割について市職員として認識しておく必要があると思われ、今後研修を開く予定である。
 塩野門之助・鈴木馬左也 [Wordファイル/28KB] については、かなり別子銅山の歴史について認識していないと知らないであろうと思ったが、あえて質問してみた。残念ながら低率であったが、2人がそれぞれの立場で別子銅山の「近代化」や「環境問題」に果たした役割は非常に大きいものがある。
 広瀬以外は、まだまだ認知を高める余地があり、様々な媒体を利用した情報発信を行っていきたい。