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新居浜市内の滝

清滝

清滝の写真  
 別子ラインの景勝地です。清姫伝説が残る赤色の吊り橋「清姫橋」を渡り、少し歩くと、落差約60メートルを誇る清滝があります。 えひめ自然百選のひとつで、冬には滝のしぶきがつららとなり、氷の芸術を眺めることができます。

清滝の動画(aviファイル2.77MB)

お知らせ

 清姫橋南側の市道で落石が発生したため、通行止めとなっています(平成18年5月1日)。また、清姫橋北側の市道でも落石のおそれがあります。復旧作業及び危険回避のため、しばらくの間、清滝へは行くことができませんので、注意してください。

銚子の滝

銚子の滝の写真  
 市内南西部、大生院地区を流れる渦井川沿いの道を上流に向かって進み、途中林道を折れると銚子の滝に通じる遊歩道の入口に着きます。山吹谷と呼ばれるこの渓谷道の遊歩道を登り、吊橋の「銚子橋」を渡ると銚子の滝に到着します。この滝は、滝口の岩が銚子の口に似ているので、名付けられたそうです。
 落差約30メートルの銚子の滝は、年間を通じて豊かな水量を誇り、滝つぼにもなみなみと水を貯えています。付近一帯はヤマブキが多く、初夏には色鮮やかな渓谷となり、家族連れのハイキングなどに最適なところです。
 昭和53年4月6日に、市の名勝に指定されています。 

 

 

魔戸の滝

魔戸の滝の写真  
 市内南部、国領川の支流、西の谷川に沿った林道を進むと、魔戸の滝遊歩道の入口に着きます。その遊歩道を約5分進むと魔戸の滝が見えてきます。この滝は、上樽・中樽・下樽の三瀑布によって形成されており、下樽の瀑布は落差が約40メートルあります。深山幽谷にあることから神秘的で、龍王と彦兵衛の娘にまつわる伝説が残るなど、印象的な滝で、別名「窓の滝」や「樽の滝」とも呼ばれています。
 なお、昭和53年4月6日に、市の名勝に指定されています。

魔戸の滝の動画(aviファイル2.77MB)

お知らせ

 魔戸の滝へ向かう林道は、平成21年11月の山腹崩壊による落石のため、路面状況が非常に悪くなっています。
 復旧作業及び危険回避のため、しばらくの間、一般車両による魔戸の滝へのアクセスは困難ですので注意してください。

魔戸の滝伝説「百合姫大明神」

 魔戸の滝と呼ばれ、景勝の地となっている新居浜種子川西ノ谷川の奥の樽渕は、東の樽、西の樽、中の樽の三つに分かれ、土地の人々は、普通、樽と呼び、また樽渕と呼んでいるが、この滝に行く途中に窓のように峠の上がくり抜かれていて、その峠から樽淵を望むことができるので、人々はこの石の所在地を窓と名付けたわけでしたが、その後いつの間にかこの淵の名を魔戸の滝としてしまった。
 この三つの樽(淵)には、それぞれの物語がある。東樽には龍が棲み、西の樽には大蝦蟇が棲み、中の樽には龍王さまが棲んでいるとのことである。また、樽という奇妙な名の起こりは、ある年、だい干ばつがあって川という川、谷という谷、井戸という井戸に一滴の水さえなくなったことがあった。麓の人たちは、皆一斗樽を背負ってこの滝壺に行き、龍王さまにお水を頂いて帰ったことから、誰言うことなく、この滝壺を樽淵と呼ぶようになった。
 この三つの淵は、どんな大日照りでも、水のつきることのない不思議な淵でした。
 ところが、その年は幾日たっても雨が降らず、遂に田畑の作物も草木もみんな枯れてしまうという危機があった。
 村の代表が寄り集まって相談の結果、樽淵の龍王さまに村一番の処女を選んで献上することになった。そこで、麓の川口の里の百姓彦兵衛さんの娘お百合が一番器量よしということになり、盆の15日に樽淵の龍王さまのところに送り届けられることになった。お百合は父彦兵衛や村人に送られて、細い山道を賑やかに囃したてながら、どんどん登って行った。
 やがて、行列は無事に中の樽に到着しました。青々と鏡のように澄みきった樽淵、そこは美しく着飾った多くの姫に囲まれた龍王さまが船に乗って立っていた。お百合は姫たちに手を曳かれ龍王さまのお側に立ち並び、それは誠に美しく龍宮の乙姫を思わせる姿でした。お百合は白い手を振り、村人たちに最後のお別れを告げると、龍王さまやお百合、姫たちを乗せた船は、青い水底に姿を消してしまった。
 それから間もなく空は僅かにかき曇り、大雨となった。これで田畑の作物も野山の草木をみなよみがえったのである。
 村人たちは、彦兵衛に感謝し、お百合に感謝して、中の樽のほとりに龍王さまを祀り、その側に百合姫大明神という祠を建てて、懇ろに霊を慰めたのである。
(「新居浜市史」から)


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