小足谷小学校跡と並んである高い石垣の上には、かつて土木課と山林課の事務所を兼ねた小足谷劇場が明治22年(1889)に建設されました。
この建物は、廻り舞台も備えていたもので、収容人員は1,000人を越えており、山神祭が開催される毎年5月の3日間は、京都や大阪から名優を招いて歌舞伎芝居が演じられ、銅山で働く人たちにやすらぎを提供していました。
当時、地方の町中においても劇場すら珍しい時期に、海抜1,200mを越える山中に、大劇場があったことでも、別子銅山における福利更生施設の充実をうかがい知ることができます。
現在は、石積と廻り舞台があった場所らしき窪みが見られる。
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