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平成19年度 産業遺産説明板 --- 【端出場駅跡と打除鉄橋】

<説明文>

端出場駅は、明治24年(1891)5月に着工し、明治26年(1893)5月に竣工した別子鉱山鉄道下部線の終点駅。起点の惣開駅との間10,461mをドイツのクラウス社製の蒸気機関車が8両から10両の貨車を引いて1日4往復していた。
 端出場駅は、索道で石ケ山丈(いしがさんじょう)と連結されており、上部線と繋がっていた。駅舎は民家を改築して出来ていた。端出場駅の下げ荷は焼鉱が主なもので、上げ荷はコークス、石炭が主なものであった。
打除鉄橋は、足谷川に架る橋として、小川東吾の設計施工で、明治24年(1891)5月に着工し、明治26年(1893)3月に竣工した。橋長は39.63m。鋼造ボートリング・ワーレントラス構造・組立式で、部材をピンで留める方式のピントラス橋である。ドイツのハーコート社から購入した。鋼材はドイツのアへーナー社。平行弦でなく、岸に対して60度の角度で架かっているめずらしい橋である。日本鉄橋100選に選ばれている。
マイントピア別子の観光鉄道として使用するときに、旧橋がそのまま使えなかったために、床組を新しい箱桁にして形態保存を図っている。

打除鉄橋

<しょうがくせいよう>

 はでばえきは、1893ねんにかんせいした。
 そうびらきえきとつながり、そのころはドイツせいのじょうききかんしゃが1にち4おうふくしていた。
 うちよけてっきょうは、1893ねんにかんせいした。ながさは39.63mで、ドイツからかったものである。つくりがめずらしく、にっぽんてっきょうの100にえらばれている。


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